布団を少し離して敷いて、寝る前にテレビを見て、明日の話を少しして、おやすみ、と言って眠る。翌朝、おはよう、と自然に起きて、それぞれ準備をする。男女が同じ部屋で過ごしても、実際、たいていは、こんなふうに、何も起きない。あとで誰かに聞かれても、いや、ほんとに何もなかったよ。
何もない、は、二つの違うことを指している
まず、この言葉の中身を、開けてみたい。何もなかった、と人が言うとき、それは、二つの、かなり違う状態を、同じ一言で言い表している。
一つは、何も起きなかった、だ。手も出ていないし、何かに発展もしていない。事実として、行為がなかった。もう一つは、何も感じなかった、だ。異性として意識することが、そもそも一切なかった。この二つは、まるで違う。サッカーの試合でいえば、ゼロ対ゼロ、というスコアが同じでも、中身が正反対の試合が、二種類あるようなものだ。片方は、どちらのゴールも一度も脅かされなかった、退屈な試合。もう片方は、何度も際どい場面があったけれど、両チームが必死に守り抜いた、緊迫した試合。最終スコアは、同じ、ゼロ対ゼロ。でも、起きていたことは、全然違う。
感情がなかったのか、線を越えなかったのか
そして、正直に言えば、男女同室の何もないは、後者、つまり、際どい場面はあったけれど守り抜いた、というほうも、けっこう含んでいる。ずっと一緒にいて、一瞬、何かがよぎった。でも、越えなかった。それも、立派な、何もない、だ。むしろ、感情の完全な不在よりも、感じたうえで踏みとどまった、という何もないのほうが、人として、信頼に値したりする。何もない、を、無だった、とだけ受け取る必要はない。線を越えなかった、という選択も、りっぱに、何もない、なのだ。それは、失敗の裏返しではなく、それ自体が、ちゃんとした結果だ。
成否を決めるのは、部屋でも、ルールでもない
では、その、何もない、が成り立つかどうかを、決めているのは何か。よく、境界線を引け、事前にルールを、と言われる。それも大事だが、もっと根っこにあるのは、別のものだ。
二人が、これは何なのか、を、同じように見ているかどうか、だ。うまくいっている例は、例外なく、両方が、これはただの友達だ、これは仕事仲間だ、と、同じ絵を共有している。ルームシェアも、合宿の相部屋も、緊急の寝泊まりも、そこが揃っているから、静かに何も起きない。逆に、危ういのは、二人が、違う映画を見ているときだ。片方は、ただの同居人、と思っているのに、もう片方が、ひそかに、何かあるかも、と思っている。この、認識のズレこそが、トラブルのもとになる。だから、鍵は、意志の強さや、細かい取り決めより先に、二人の見ているものが、揃っているか、なのだ。
近さと、優しさと、夜は、実は恋の材料でもある
ここで、あまり語られない、正直な話をしておきたい。男女同室の何もないを、簡単な初期設定のように語る人が多い。でも、実は、同じ部屋で過ごす、という状況そのものが、恋が芽生える、わりと典型的な条件でもある。
同じ空間で暮らす。体調を崩したら、薬を買ってきてくれる。落ち込んでいたら、励ましてくれる。夜遅くまで、とりとめのない話をする。相手の、飾らない姿を見る。並べてみると、これは、友情が、いつのまにか別のものに変わっていく、あの流れと、そっくりだ。だから、何もない、は、放っておけば必ず保たれる、安全な状態、とは限らない。ときには、その状況が、じわじわと、何かを育ててしまうこともある。
だから、何もないは、努力の結果のこともある
これは、男女同室が、必ず恋に転ぶ、という話ではない。実際、たいていは、転ばない。ただ、覚えておいてほしいのは、何もない、が、ときには、自然な無関心ではなく、湧いてきたものを、選んで越えなかった、という、能動的な選択でありうる、ということだ。だから、もし、あなたが今、同室の相手に、少し気持ちが動いているとしても、それは、あなたがだらしないからでも、失敗したからでもない。近さが人にする、ごく自然なことが、起きているだけだ。そのうえで、線を保つと決めるなら、その、何もない、は、むしろ、誇っていいものになる。
パートナーが異性と同室だったと知って、ざわつくなら
もし、あなたが、二種類目の人、つまり、パートナーが異性と同じ部屋だったと知って、落ち着かない側なら。まず、いちばん確率の高いことから。それは、たぶん、本当に、何もなかった。人は、部屋が同じだったくらいで、そうそう、何かをしたりはしない。
そのうえで、大事なことを言う。あなたが確かめるべきなのは、その部屋で何が起きたか、ではない。あなたが、その相手を、信頼できるか、だ。同じ部屋、という事実は、それ自体では、何も証明しない。潔白の証拠にも、裏切りの証拠にも、ならない。答えは、状況ではなく、相手のこれまでの誠実さの中にある。信頼できる相手なら、部屋の話で、自分を消耗させなくていい。ただし、信頼と、何でも鵜呑みにすること、は、違う。何もないを支えているのは、ルールではなく、その人の人柄だ、ということは、忘れないでいい。
自分が、何もない、と言い張っているなら
逆の、少し耳の痛い可能性にも、触れておく。もし、あなた自身が、誰かとの関係を、何もない、と、少し強く言い張っているなら。一度だけ、自分に聞いてみるといい。
それは、本当に、何もないのか。それとも、何かある、と認めてしまうと、都合が悪いから、なのか。安い家賃を続けたい。今の友情を、壊したくない。この心地よい距離を、変えたくない。そういう事情を守るために、何もない、という言葉を、盾にしていることも、人にはある。責めているのではない。ただ、自分でも、何もない、と、必要以上に強く握りしめているなら、それは、事実の報告ではなく、何かを守るための、宣言かもしれない。そこは、自分にだけは、正直でいたほうがいい。
