飲み会の席で、誰かが言う。お前、まだ彼女いないの。周りが笑う。あなたも、笑ってごまかす。家に帰って、部屋の電気をつけて、一人になった瞬間に、その笑い声が、耳の奥で鳴り続ける。彼女いない歴が年齢と同じなのは、気持ち悪いのか、と。
その言葉を、女性は、たぶん一度も言っていない
彼女いない歴が長いと打ち明けられた女性たちが、実際に返した言葉は、こうだ。全然気にしない。むしろ真面目そうで安心した。それだけ一人の時間を大切にしてきた人なんだな。経験の多い少ないより、一緒にいて心地いいかどうかが大事。
気持ち悪い、と言った人は、一人もいない。
では、誰が言ったのか。酔った先輩が、大勢の前で、笑いながら言った。そして、その何倍もの回数、あなた自身が、自分に向かって言ってきた。夜中に、天井を見ながら。鏡を見ながら。つまり、あなたが恐れている判決は、女性が下したものではない。品のない冗談と、あなた自身の頭の中から、生まれている。ちなみに、あの先輩の一言は、あなたに欠陥がある証拠ではない。人の痛いところを笑いに変えて場を回そうとする、その人の品性の問題だ。あれを、判決文として持ち帰る必要は、なかった。
そもそも、歴は、相手からは見えていない
考えてみてほしい。彼女いない歴が年齢と同じ、というのは、あなたの中にだけある情報だ。顔に書いてあるわけでも、においがするわけでもない。初めて会った人には、絶対に、見えない。
その情報は、あなたが、自分で部屋に持ち込んだときにだけ、その場に現れる。相手が実際に見ているのは、今日のあなただ。話しやすいか。感じがいいか。一緒にいて、楽か。人は、あなたの過去ではなく、目の前のあなたを、見ている。ところが、あなたは、現在で評価されているのに、過去を自白しにいく。
アプリのプロフィールに、経験が少ないです、と書いてしまう人がいる。正直でいたい、という気持ちは分かる。でも、それは、誰も聞いていない質問に、自分から手を挙げて答えているのと同じだ。しかも、その書き方は、事実の報告ではなく、先回りの謝罪になっている。そして人は、謝られると、何か悪いことがあったのだろう、と受け取る。
あなたから機会を奪ってきたのは恥のほうだ
数字が伸びたのは、恥のせいかもしれない
ここで、一つ、順番をひっくり返してみたい。歴が長いから、自信がない。あなたは、そう思っている。でも、実際は、逆かもしれない。恥ずかしさが、あなたを場から遠ざけ、話しかける前に口を閉じさせ、その結果として、数字だけが、伸びていった。
だとしたら、その数字は、あなたの欠陥の証拠ではない。避け続けてきたことの、記録にすぎない。もちろん、家族の事情や、仕事や、ただ縁がなかった、という人もいる。それは、何も悪くない。ただ、もし、あなたが場を避けてきた側なら、変えるべきは、あなたという人間ではなく、その避ける癖のほうだ。人間そのものを直すのは無理でも、癖は、変えられる。
俺みたいな男でいいの、が、いちばん重い
そして、ここは、はっきり書いておきたい。体験談の中で、女性が唯一、負担だった、と語っているものがある。それは、彼の経験のなさではない。俺みたいな男で、本当にいいの、と、何度も確認されたことだ。
一度なら、正直さとして、かわいく響く。でも、それを繰り返すと、話が変わる。あなたは、彼女に、自分の恥を、預けている。安心させ続ける、という仕事を、渡している。そして、この質問には、もっと厄介なところがある。俺でいいの、と聞くことは、あなたを選んだ彼女の判断は、間違っているんじゃないか、と言っているのと、ほとんど同じなのだ。彼女の目は、節穴だ、と。それを、好きな人に、何度も言われる。しんどくないわけがない。
しかも、いくら安心させてもらっても、その安心は、たまらない。底に穴の空いたバケツだからだ。あなたの中で、判決が生きているかぎり、何度注いでも、抜けていく。だから、彼女に、判決を取り下げさせようとしてはいけない。それは、彼女の仕事ではない。
伝え方が、相手の反応を決める
では、いつ、どう伝えるか。まず、これを、カミングアウトだと思うのを、やめたほうがいい。呼び方が、すでに、それを恥ずべき秘密として扱っている。
うつむいて、声を落として、実は、今まで彼女がいなかったんだ、と打ち明ける。そうやって渡されると、相手は、慰めるか、引くか、の二択に追い込まれる。あなたが、それを重大な告白として差し出したから、相手も、重大な話として受け取るしかない。逆に、そうなんだよね、縁がなくてさ、と、軽く事実として置けば、相手も、そうなんだ、で受け取れる。あなたが、その情報にどんな札を貼るか。それが、相手の反応を、半分くらい決めている。
だから、先回りして自己申告する必要は、まったくない。話の流れで出てきたら、そこで普通に言えばいい。それだけの話だ。
一つだけ、本当に気をつけたほうがいいこと
ただ、正直に、注意点も書いておく。それは、歴そのものではない。歴の長さと、孤独が、掛け算になったときに出てくる、強すぎる期待のほうだ。
初めて優しくしてくれた人を、世界の全部にしてしまう。恋人であり、親友であり、話し相手であり、自分の価値を認めてくれる唯一の存在。それを、一人に、まとめて求めてしまう。これは、相手にとって、かなり重い。だから、彼女ができる前も、できたあとも、自分の生活を、ちゃんと持っておく。友人、仕事、打ち込めるもの。これは恋愛のテクニックではなく、相手を潰さないための、最低限の配慮だ。
それと、経験の少ない人は苦手、という人も、確かにいる。実際、それを理由に離れていかれた人もいる。でも、それは、相性の話であって、判決ではない。全員に好かれる必要は、最初から、ない。
判決は、取り下げられる
彼女ができた日に、このコンプレックスが、すっと消えるわけではない。四十を過ぎて、初めて本気の相手ができた、という人もいる。その人だって、長い時間を、この重さと一緒に歩いてきた。
ただ、覚えておいてほしい。気持ち悪い、という判決は、女性から下されたものではなかった。あなたが、自分に対して、何年も言い渡し続けてきたものだ。そして、自分で下した判決だからこそ、取り下げられるのも、あなただけだ。取り下げたところで、あの飲み会の記憶は消えないし、ふと惨めになる夜も、また来るだろう。でも、それは、あなたが気持ち悪いという証拠ではない。誰かに、雑に傷つけられたことがある、という記録にすぎない。
