合コンの席で、異動してきた後輩で、ライブ会場でたまたまとなりに座った相手で。顔を見た瞬間に頭の中が一度真っ白になって、それから何年経っても、ふとした夜に思い出してしまう。新しい人と会っても、どこかであの顔と比べている自分がいる。
もしあなたがそうなら、先に言っておきたいことがある。あなたは薄っぺらい面食いでも、いつまでも引きずる未練がましい男でもない。あの記憶が消えないのには、ちゃんとした理由がある。しかもその理由は、たぶんあなたが思っているものとは少しずれている。
顔を見た一瞬で、頭の中では何が起きていたのか
タイプど真ん中の顔に出会った瞬間、心臓が跳ねて、視線が外せなくなる。あれは比喩ではなく、実際に体が反応している。強い感情をともなった場面ほど、記憶は深く鮮明に焼きつくようにできている。だから、初めて顔を見たときの衝撃だけは一生忘れられない、というあの感覚は気のせいではない。脳がその一瞬を、わざわざ特別なものとして保存してしまっている。
やっかいなのは、整った顔立ちには後光のような効果がついてくることだ。顔がいいというだけで、性格もよさそう、中身も素敵に違いない、と勝手に補ってしまう。まだ何も知らない相手なのに、その人物像が頭の中でどんどんふくらんでいく。出会って数分で、あなたの中の彼女は、現実の彼女よりずっと完成された存在になっている。これが後々、ずいぶん長く尾を引く。
動けなかったこと。それが、あとから呪いに変わる
ここからが本題だ。顔がタイプすぎる女が忘れられない人たちの話を並べていくと、ある一点が驚くほど共通している。みんな、肝心のその場で、うまく動けていない。
整いすぎた顔は、言葉を奪う
理想の顔を前にすると、人は緊張で挙動がおかしくなる。合コンで出会った相手に夢中になり、沈黙が怖くて自分の趣味の話ばかり並べてしまい、肝心の会話が深まらないまま夜が終わる。職場に来た後輩がタイプすぎて、相談に乗るふりを続けながら、結局何ヶ月も告白できないうちに別の部署へ異動してしまう。バイト先の常連だった彼女と、せっかく二回目に会えたのに、美しさに気後れして当たり障りのない話しかできず、そのまま自然に消えていく。
どれも、相手が嫌いだったわけではない。むしろ好きすぎて、ふだんの自分を出せなかった。理想の顔の前では、いつもなら言えるひと言が喉で止まる。これは弱さというより、思い入れが強すぎたことの裏返しだ。ただ惜しいことに、その緊張が、あなたから言葉と時間をまとめて奪っていく。
終わらなかった話だけが、いつまでも開いたまま残る
では、なぜその、うまくいかなかった出会いほど後を引くのか。
人は、きれいに片づいたことより、中途半端なまま途切れたことのほうを強く覚えている。注文した料理が来るまではそわそわ気にしているのに、食べ終わったらきれいに忘れる、あの感覚に近い。会計の済んだ話は、頭の中で閉じる。済んでいない話は、ずっと開いたまま居座る。
顔がタイプすぎる女が忘れられないのは、たぶん面食いだからではない。あの話を、終わらせられなかったからだ。告白して振られていれば、付き合ってけんかして別れていれば、記憶はそこで一度決着していた。ところが何も起きなかったぶん、あなたの中では物語が途中で止まったままになっている。止まっているから、ふとした拍子に勝手に再生される。三年経っても夢に出てくるのは、彼女がそれほど特別だったからというより、その一章がまだ閉じきっていないからだ。
あなたが恋していたのは、たぶん彼女ではない
もうひとつ、口に出すと少し残酷な話をする。
顔は、理想を映すスクリーンになる
タイプど真ん中の顔というのは、たいてい、あなたが昔から心の奥で描いてきた理想と重なっている。子どものころ憧れた誰かに似ていた。ずっといいと思ってきた顔の系統そのものだった。つまりその顔は、あなたの理想を映し出すスクリーンの役目を果たしている。
そこで起きているのは、相手そのものへの恋というより、その顔に映った自分の理想への恋に近い。事実、長く引きずったあとになって、あれは理想の投影だったのかもしれない、と気づく人は少なくない。彼女の中身をちゃんと知る前に、あなたはもう恋に落ちていた。だとすれば、その恋の相手の半分くらいは、あなた自身が作り上げた像だったことになる。
現実とぶつからなかった理想は、いつまでも古びない
普通の恋愛なら、付き合ううちに相手の現実が見えてくる。だらしないところ、価値観のずれ、生活の生々しさ。理想は少しずつ削られて、生身の人間に着地していく。
ところが、顔に撃ち抜かれただけで終わった関係には、その削れる過程がない。理想が現実とぶつからないまま、きれいなかたちで保存されてしまう。だから古びない。さんざん一緒に過ごした元恋人のことはいずれ薄れていくのに、ろくに話せないまま終わったあの顔の人だけが、何年も色あせずに残り続ける。皮肉な話だが、よく知らなかったからこそ、忘れられない。
あの顔を基準にすると、次の恋が動かなくなる
この記憶が本当に厄介なのは、過去にとどまらず、これからの恋まで縛ってくるところだ。
一度あの完璧な顔と笑顔を物差しにしてしまうと、新しく出会う人がどうしても見劣りして見える。あの人くらいの顔立ちじゃないと物足りない。そう感じて、せっかくの縁を自分のほうから薄くしていく。婚活が長引く人の中には、相手側の問題ではなく、頭の中の物差しが高いところで固まっているだけ、というケースがある。周りに理想を下げろと言われても下げられないのは、あなたが比べている相手が、目の前の生身の人ではなく、現実と一度も照らし合わせていない、磨き上げられた記憶だからだ。
勝てるわけがない。記憶は、欠点をいっさい見せてこない。
では、どうやって手放すのか
ここまで読んで、忘れたいのに忘れられない理由は、だいぶ見えてきたと思う。最後に、現実的な向き合い方を書いておく。気休めではなく、仕組みに沿ったやり方を。
忘れようとするほど居座る、を逆手に取る
忘れようとすると、かえってそのことばかり考えてしまう。だから、忘れることを目標にするのはやめたほうがいい。代わりに、止まったままの話を、自分の中で一度ちゃんと終わらせにいく。
やり方はシンプルで、あの出会いがどういうものだったのかを、いちど言葉にして書き出してみる。顔の何がそんなに刺さったのか、自分はそこに何を重ねていたのか、なぜあのとき動けなかったのか。頭の中でぼんやり再生しているうちは閉じないが、輪郭をはっきりさせて文字にすると、不思議と章が閉じる方向に動きはじめる。終わらせられなかった話を、今度は自分の手で終わらせてやる作業だと思えばいい。
顔という引き金と、相性は、切り分ける
そしてもうひとつ。基準を下げる必要はない。下げるのではなく、分ける。
顔に一瞬で撃ち抜かれる感覚と、その人と長く一緒にやっていけるかどうかは、まったくの別物だ。引き金が引かれたことと、関係が続くことを、同じ一本の線の上で考えるからこじれる。ど真ん中の顔に出会ったとき、ドキッとするのは止められないし、止める必要もない。問題はそのあとだ。緊張で固まって何も差し出せないまま終わるのか、相手を一人の人間として知りにいけるのか。次に同じ衝撃が来たら、頭の中で像をふくらませるより先に、生身の相手と話してみてほしい。理想というのは、現実に触れたとたん、少しずつ等身大に戻っていく。
それでも、完全には消えないと思う
正直に言えば、ここに書いたことを全部やったところで、あの顔がきれいさっぱり消えるとは思わない。ふとした拍子に、似た雰囲気の人を街で見かけて、胸がざわつく日は、この先もきっとある。
ただ、忘れられないことと、引きずられることは違う。あれは自分の理想がいちばん強く出た一瞬の記録なのだと腑に落ちてしまえば、その記憶は、あなたを足止めするものではなく、自分が何に弱いのかを教えてくれる手がかりに変わる。無理に消さなくていい。連れて歩けばいい。次に同じ顔と出会ったとき、今度はちゃんと話せるように。
