キスをしようと顔を近づけた瞬間、思わず、息を止めてしまった。強いにおいが、鼻をついたからだ。今日は疲れてるのかな、と、そのときは、自分に言い聞かせた。でも、二回目も、三回目も、同じだった。だんだん、近づくのが、憂鬱になっていく。そして、そんな自分に、嫌気がさす。こんなことで気持ちが冷めるなんて、俺は、最低な人間なんじゃないか、と。
まず、冷めたあなたは、最低な人間ではない
最初に、これをはっきりさせておきたい。においで、近づく気が失せる、という反応は、意志では、どうにもできない。
嫌なにおいを前にして、体は、勝手に、引く。これは、理性で好きになろうと決めても、上書きできない、動物としての反応だ。だから、においで距離を取りたくなること自体を、心が狭いとか、愛が足りないとか、責める必要はない。あなたが、彼女の性格を、今も好きなのは、本当だろう。そして、近くにいるのが、つらくなっているのも、本当だ。その二つは、矛盾しない。人を好きになる気持ちと、生き物としての不快感は、別のところで動いているからだ。だから、まず、自分を責めるのは、やめていい。ただし、この話には、本当に向き合うべき点が、別に、ちゃんとある。それは、あとで書く。
口臭は、たいてい、引き金であって、原因ではない
ここが、この話の、いちばん大事なところだ。口臭で冷めた、と感じるとき、においは、たしかに、きっかけだ。でも、気持ちを冷ましている、本当の中身は、たいてい、においの奥にある、二つのうちの、どちらかだ。そして、どちらなのかで、この先が、まるで変わる。
一つは、近づけなくなる、という物理の壁
一つ目は、シンプルな、物理の問題だ。においのせいで、キスができない。近くで話すのが、つらい。すると、恋愛に必要な、体の近さが、じわじわと、失われていく。会話の途中で、無意識に、距離を取る。デートが、億劫になる。この、近づけない、という壁が、二人の親密さを、少しずつ、やせ細らせていく。
でも、大事なのは、これが、たいてい、直せる問題だ、ということだ。あとで詳しく書くが、口臭の多くは、治療できる。だから、もし冷めた原因が、この物理の壁だけなら、それが解消されれば、気持ちは、けっこう、戻ってくる。近さが戻れば、恋愛も、また、息を吹き返す。
もう一つは、理想化していた相手が、生身だった、という幻滅
二つ目が、少し、やっかいだ。とくに、付き合いはじめや、遠距離で、相手を、実物以上に、美化していた場合に、起きる。会えない時間や、画面越しのやり取りの中で、あなたは、彼女を、理想の存在に、仕立て上げていた。そこに、においという、生々しく、現実的なものが、割り込んでくる。
このとき、口臭は、単なるにおいではない。理想化していたイメージに、入った、最初のひびだ。そして、その幻想が、いったんひび割れると、幻想の上に成り立っていた気持ちも、しぼんでいく。これが、体験談で、彼女が口臭を直したのに、男性の気持ちが戻らなかった、という不思議なケースの、正体だ。冷めた本当の原因は、においではなかった。相手が、理想ではなく、生身の人間だった、という事実の、ほうだった。だから、においを消しても、戻らない。消えたのは、においで隠れていた、幻想の脆さだったからだ。
たいていの口臭は、だらしなさではなく、健康の問題だ
伝え方の話に入る前に、一つ、認識を直しておきたい。慢性的な口臭の多くは、本人の不潔さや、だらしなさから来ているのではない。健康の問題であることが、とても多い。
歯周病、口の乾き、その他、体の内側の不調。原因は、いろいろあるが、共通しているのは、本人の努力不足、という話ではない、ということだ。しかも、においは、自分では、ほとんど気づけない。彼女は、サボっているのではなく、気づいていないだけ、というのが、実際のところだ。この見方に立つと、伝えるべきことも、変わってくる。あなたが伝えるのは、君は臭い、という嫌悪ではない。もしかしたら、体のサインかもしれないから、一度、歯医者で診てもらったら、という、心配だ。事実として、そのほうが正しいし、相手を、傷つけずに、動かせる。
本当の失敗は、冷めたことではなく、黙って消えることだ
さて、さっき、後回しにした、本当に向き合うべき点だ。多くの体験談で、男性は、彼女に何も言わず、理由をぼかして、自然に距離を置き、フェードアウトしていた。ここが、いちばんの、問題だ。
冷めたこと自体は、責められない。でも、黙って消えることは、話が別だ。何も伝えずに離れると、彼女は、なぜ振られたのか、分からないまま、傷つく。そして、致命的なのは、直せば直った問題を、直す機会すら、奪われる、ということだ。あなたは、気まずさを避けたくて、黙る。でも、その沈黙は、あなたの居心地を守る代わりに、彼女の尊厳と、彼女がやり直せる可能性を、犠牲にしている。冷めたことは、あなたのせいではない。でも、黙って消えるかどうかは、あなたが選べる。そして、黙って消えるほうを選んだら、それは、はっきり、あなたの落ち度になる。
伝えるなら、嫌悪ではなく、心配として
では、どう伝えるか。鍵は、嫌悪ではなく、心配の形にすることだ。君の口が臭い、ではなく、体調のサインかもしれないから、一緒に歯のケア、見直してみない、と。二人の問題として、並んで、切り出す。場所は、人目のない、穏やかなところで。そして、言いにくいけど、大事に思ってるから言う、という前提を、ちゃんと乗せる。ここで、想像してみてほしい。もし、逆の立場で、あなたに口臭があったら、どう伝えてほしいか。においは、自分では気づけない。それは、あなたも、同じだ。あなたも、完璧なにおいの存在では、ない。その謙虚さがあると、言葉は、ぐっと、やさしくなる。
ただし、直しても戻らないなら、それを認める
最後に、いちばん、正直な話をする。もし、あなたが、心のどこかで、彼女が口臭を完全に直したとしても、この気持ちは戻らない気がする、と感じているなら。それは、さっきの、二つ目のケース、つまり、においは口実で、本当は、もっと深いところで、冷めている、ということだ。
このとき、やってはいけないことが、ある。彼女に、口臭さえ直せば、と、期待を持たせて、治療に向かわせながら、直っても、結局、離れることだ。それは、体験談でも、実際に起きている。彼女は、自分を直すために、歯医者に通う。でも、男性の気持ちは、戻らず、去っていく。これは、彼女に、戻らない愛のために、自分を作り直させる、という、いちばん残酷なことだ。もし、においが口実だと、自分で薄々分かっているなら、彼女を、なおさせる方向に、走らせてはいけない。問題は、そこではない、と認めて、においを、別れの理由にせず、きれいに、離れるほうがいい。
