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言い方がきつい女性の裏に愛情があるのか、ただの攻撃なのか

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それじゃ遅いよ、もっと早く動いて。その店、微妙じゃない。もっとちゃんとやってよ、見てられない。そういう言葉が、ぐさっと刺さる。そして、同時に二つのことを考える。刺さって傷ついた、という感覚と、この人、自分のこと嫌いなのかな、それとも言ってることは正しいのかな、という戸惑いだ。

言い方がきつい女性と関わるとき、多くの人は、そのトーンの強さに気を取られる。でも、本当に見るべきなのは、きついかどうかではない。その同じきつい言葉が、まるで違う二つのもののうち、どちらなのか、だ。

目次

きつい言い方には、二種類ある

まず、ここを分けたい。世の中で、言い方がきついと一括りにされているものの中には、性質のまったく異なる二種類が、混ざっている。

一つは、率直さだ。言っている中身は正しくて、あなたのためを思っていて、あなたを、はっきり言っても大丈夫な相手として扱っている。ただ、オブラートに包むのが下手なだけ。もう一つは、攻撃だ。あなたを見下し、否定し、下に置いておくために、きつい言葉を使う。この二つは、表面の強さだけ見ると、よく似ている。同じように、ぐさっとくる。でも、中身は正反対だ。苦い薬と、毒が、口に入れた瞬間は同じように苦いのと似ている。苦さそのものは、それが効くのか害になるのかを、何も教えてくれない。だから、トーンの強さで判断してはいけない。開けて、中身を見る必要がある。

率直さと攻撃を、どう見分けるか

では、どうやって中身を見分けるのか。手がかりは、いくつかある。

内容を刺すのか、人格を刺すのか

いちばん分かりやすいのが、これだ。率直さは、こと、を刺す。このやり方だと遅い。この店より別のほうがいい。その考えは甘い。矛先が、行動や判断に向いている。一方、攻撃は、あなた、を刺す。だからお前はダメなんだ。どうせできないでしょ。矛先が、あなたの人格そのものに向く。同じきつい言葉でも、直せる何かを指しているのか、直しようのない、あなた自身を否定しているのか。ここを、まず見る。

次を示すのか、ただ落とすのか

もう一つ、強い手がかりがある。率直さには、次がついてくる。ミスした相手に、次はこうしよう、と具体的なやり方を渡す。本気出せばできる、と背中を押す。きついのは、あなたに良くなってほしいからだ。だから、必ず前に進む方向を示す。攻撃には、それがない。ただ落とすだけで、どうすればいいかは示されない。目的が、あなたを小さくすることだから、出口を用意する必要がないのだ。きつい言葉のあとに、道が示されるか、それとも、へこませて終わりか。ここに、はっきり差が出る。

褒めるときも、率直か

率直な人は、褒めるときも率直だ。その店は微妙、とズバリ言う相手が、あなたのいいところも、そこが好き、と具体的に言い切る。きつさが、両方向に働く。ただ正直なだけだからだ。逆に、けなすときだけきつくて、いいところは一度も口にしない。それは、率直な性格ではなく、あなたに対する一方通行の否定だ。批判の鋭さだけを取り出して、性格のせい、で済ませてはいけない。

きついあとに、フォローがあるか

そして、時間差で分かる手がかりもある。フォローの有無だ。ストレスで、つい、見てられない、ときつく言ってしまった人が、あとから、ごめん、きつかったね、でも心配なんだ、と戻ってくる。この、きつく言ったことへの後追いがあるなら、下に愛情がある可能性は高い。反対に、きついまま言いっぱなしで、それが相手にどう刺さったかを、一度も気にかけない。何度指摘してもトーンを変えようとしない。それは、その言葉が、あなたのためではなく、自分のために出ている、という合図だ。

裏に愛情がある、は我慢の言い訳にはならない

ここで、一つ、はっきり言っておきたいことがある。きつい言葉の裏には愛情がある、という考え方は、便利だが、諸刃の剣だ。

たしかに、本物の率直さを、感じよく受け取り直すには、役に立つ。トーンの強さの向こうにある期待や心配を読めれば、無駄に傷つかずに済む。でも、まったく同じ理屈が、人をひどい関係に縛りつけもする。あの人がきついのは、私を思ってのことだから。この物語は、見下してくる相手を、我慢し続けるための言い訳にも、簡単になる。だから、線を引いておきたい。裏に愛情がある、は、無制限の免罪符ではない。表面がいつも刺してくるばかりで、愛情を、こちらが必死に掘り出し続けないと見つからないなら、その愛情は、本当は、そこにないのかもしれない。何度掘っても出てこないものを、あるはずだと信じて掘り続ける必要はない。

きつさを、魅力だと思えなくてもいい

もう一つ、こちらも言っておきたい。きつい物言いを、魅力的だと感じられなくても、それはあなたが弱いからではない。

はっきり言う相手は、駆け引きがなく、反応が読めて、付き合いやすい、という面は、確かにある。それが心地いい人にとっては、率直な相手は、最高のパートナーになる。でも、同じ率直さが、どうしても自分には合わない、しんどい、と感じる人もいる。それは、感受性が強すぎるのでも、打たれ弱いのでもない。ただ、相性の問題だ。穏やかに言ってほしい、という願いは、わがままではない。そして、忘れてはいけないのは、これが一方通行の努力ではない、ということだ。受け手が、トーンを大目に見る歩み寄りをするなら、言うほうも、その言葉が相手にどう届くか、責任を持つ。あなたが読み取る努力ばかりを求められて、相手は一切変わらないなら、それはもう、物言いの癖の違いではなく、ただの不均衡だ。

同じ言葉が、薬にも毒にもなる

まったく同じきつい一言が、ある人にとっては、成長を促す贈り物になり、別の人にとっては、心を削る刃になる。違いは、言葉の強さではなく、その下に、何が入っているかだ。

そして、その中身は、一瞬では見抜けないことも多い。率直さなのか、攻撃なのかは、時間をかけて、分かってくる。次を示してくれるか、褒めるときも正直か、刺したあとに戻ってきてくれるか。その積み重ねが、答えを教えてくれる。大人な向き合い方というのは、きつい言葉に、とりあえず愛情を探してみることだ。ただし、無限にではない。受け取るべき率直さは、ありがたく受け取ればいい。でも、愛情に翻訳し続けなくていいきつさも、この世にはちゃんとある。その二つを、混ぜないことだ。

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