面白い話を聞いた瞬間、手がすっと口元に上がって、笑いを受け止める。会議で急に質問が飛んできて、答える前に、一瞬、指先が唇のあたりに触れる。驚いたとき、思わず手のひらで口を覆う。口元に手を当てる、というこの仕草は、多くの人が、まったく無意識にやっている。
その仕草から性格を当てにいくと、占いになる
まず、期待を少しだけ、しぼませておきたい。口元に手を当てる人は誠実、とか、感受性が強い、といった、仕草と性格を一対一で結ぶ読み方は、あまり当てにならない。
なぜなら、同じこの仕草が、まるで違う場面で出るからだ。笑いをこらえるとき。驚いたとき。考え込むとき。恥ずかしいとき。これだけ幅のある感情に、同じ動作がついてくる。だとしたら、その動作一つから、この人はこういう性格、と決めるのは、血液型や星座で人を言い当てるのに近い。当たっているように感じても、それは、誰にでも当たりそうなことを言っているだけかもしれない。だから、性格を当てにいくのは、いったんやめる。見るべきは、そこではない。
共通しているのは、口から出るものを受け止めていること
では、その多様な場面に、共通しているものは何か。ヒントは、手が向かう先にある。口だ。
考えてみると、口は、いろいろなものが外に出ていく、出口だ。言葉も、笑い声も、驚きの声も、全部、口から出る。そして、口元に当てられた手は、その出口に立つ、関所のような役目を果たしている。こみ上げた笑いを、そっと受け止める。飛び出しそうな驚きの声を、手のひらで抑える。口を突いて出かかった言葉を、少しだけ止める。つまり、この仕草は、感情そのものというより、口から出ようとする何かを、手で受け止めている瞬間なのだ。驚き、笑い、照れ、思考。中身は違っても、出口で受け止める、という動きは、同じだ。
それは、感じてから出すまでの、間だ
ここが、いちばん面白いところだと思う。手が口元に上がる、ということは、感じたことが、すぐには外に出ていかない、ということだ。何かを感じて、それが口から出るまでの間に、わずかな、ため、がある。その、ため、の時間に、手が動く。
この仕草をする人は、たいてい、刺激と反応の間に、この一拍を持っている。感じて、一瞬置いて、それから出す。会議で質問されて、一瞬手を当てて考えてから、落ち着いて答える。その、一拍が、落ち着いて見える。笑いを、そのまま大声で出すのではなく、手で受けてから漏らす。その、ひと手間が、上品に映る。周りが、慎重、とか、上品、と感じているものの正体は、たぶん、この、出す前の一拍なのだ。
無意識だから、嘘はつかない。ただし、中身までは言わない
この仕草の面白い性質が、もう一つある。ほとんど無意識に出る、ということだ。意識してやっているのではなく、感情が動いた瞬間に、手が勝手に動く。
だから、この仕草は、ある意味で、正直だ。少なくとも、この人の中で、今、何かが動いて、それを受け止めている、という事実は、嘘をついていない。作りようがないからだ。ただし、ここを勘違いしてはいけない。正直なのは、何かを感じている、という事実についてであって、それが何か、までは、教えてくれない。ミスを報告するときに口元に手を当てる人を見て、本気で反省しているのか、と迷った、という話がある。でも、同じ人が、驚いたときにも、笑うときにも、同じ仕草をする。だから、その動作は、感情が高ぶっている、とは告げても、それが反省なのか、動揺なのか、照れなのかは、告げない。仕草は本当だが、その中身は、言葉で確かめるしかない。
上品に見える、その裏にあるかもしれないこと
ここで、あまり語られないことも、正直に書いておきたい。この仕草が、いつも、生まれつきの上品さから来ているとは、限らない。
人によっては、これは、育つ過程で身についた、抑える癖であることがある。大きな声で笑わないように。あまり感情を表に出さないように。口を覆いなさい。そんなふうに、はしゃぎすぎるな、目立ちすぎるな、と繰り返し言われてきた人は、笑いや驚きが出そうになると、反射的に手で口をふさぐようになる。周りは、それを、上品で可愛い、と好意的に受け取る。でも、当の本人にとっては、自分の笑い声や感情を、小さく畳んでおくための、身についた蓋、ということもあるのだ。だから、口元に手を当てる仕草を、一律に、育ちの良さの表れ、と読んでしまうと、その人が、実は、自分を小さく見せるよう仕込まれてきた、という背景を、見落としてしまうことがある。
生まれつきの間か、教えられた抑えか
もし、あなた自身に、この癖があるなら。少しだけ、区別してみるといい。それは、感じてから出すまでの、あなたの自然な一拍なのか。それとも、笑いや感情を、出してはいけない、と教えられてきた名残なのか。
前者なら、直す必要は、何もない。その一拍は、あなたの落ち着きであり、感じ方の丁寧さだ。実際、直そうと思っていたけれど、そのままが自分らしい、と受け入れた人が、接客でも自然で好印象、と評価された、という話もある。でも、もし後者なら、つまり、本当は大きく笑いたいのに、手で蓋をしているのだとしたら。その手は、たまには、下ろしていい。あなたの笑い声は、抑えなければいけないほど、うるさくない。喜びを、手のひらの後ろに隠さずに、そのまま出してしまっても、いいのだ。
手で受け止めた、その一瞬に
誰かが口元に手を当てるのを見ても、そこから、その人の性格を、当てることはできない。できるのは、今この人は、何かを感じて、それを出す前に、一瞬、受け止めている、と気づくことだけだ。
でも、それだけでも、けっこう十分だったりする。その仕草は、その人が、口に出したことより、少しだけ多くを感じている、という、小さな窓なのだから。誰かのその手を見たら、性格を決めつける代わりに、出てくるのを、少し待ってあげればいい。そして、それが自分の手なら、今この一瞬、受け止めたこれは、このまま手の後ろに置いておきたいものなのか、それとも、本当は、外に出したいものなのか。それを、自分に、そっと聞いてみるといい。
