ジムに通っていると、たまにいる。誰かいい人いないかな、と部屋を見渡しながら、目当ての相手の近くのマシンばかり選ぶ人が。たいてい、うまくいっていない。一方で、ひたすら自分のトレーニングをしているだけなのに、いつの間にか顔見知りが増えて、気づけば食事に行く相手までできている人がいる。
この二人の差は、トーク力でも見た目でもない。ジムという場所の性質を分かっているかどうか、ただそれだけだ。ジムで出会いを見つけるコツを探している人は多いけれど、いちばん効くのは、出会いを狙うのをやめることだったりする。
狙っているのが伝わるほど、うまくいかない
うまくいっている人の話を並べると、共通点がある。誰も、出会いを目的にしていない。
体を変えたくて真剣に通っていたら、自然に顔見知りが増えて、その中の一人と仲良くなった。ジムを楽しんでいたら、チャンスのほうが広がった。みんなそう振り返る。これは謙遜ではない。真剣に体を変えようとしている姿勢そのものが、好印象につながっている。逆に、出会い目的が透けて見えた瞬間、相手は警戒モードに入る。トレーニングそっちのけで異性ばかり見ている人を、同じ空間にいる人はよく見ている。狙えば狙うほど遠ざかる、というのは、この場所では本当のことだ。
最強のコツは、口説きではなく反復接触
では具体的に何をするか。いちばん効くのは、気の利いた一言ではない。同じ時間に通い続けることだ。
まず、覚えてもらう
人は、何度も見かける相手に、だんだん警戒を解いていく。初対面で話しかけられると身構えるのに、毎週同じ時間に見かける顔だと、なぜか安心する。だから最初の仕事は、話しかけることではなく、認知されることだ。
やり方は単純で、曜日と時間をできるだけ固定する。仕事終わりの夜九時とか、休日の午前中とか、自分の生活に組み込める枠を決めて、淡々と通う。最初の一ヶ月は、誰とも話さなくていい。同じ時間に来る人と、自然に何度も顔を合わせる。会釈が生まれる。それで十分だ。見慣れた存在になってからの挨拶は、見知らぬ人からの挨拶とは、相手の受け取り方がまるで違う。
トレーニング中は話しかけない、という鉄則
これは守ってほしい。セット中、相手が重りと向き合っている真っ最中に声をかけるのは、いちばんやってはいけないことだ。集中を切られると、人は単純に不快になる。
声をかけるなら、休憩中か、トレーニングの前後。それも、今日は混んでますね、くらいの短いもので止める。長引かせない。マシンの順番待ちのような、もともと少し間がある瞬間が狙い目だ。短い接触を、何度も重ねる。一回で距離を詰めようとしないことが、結局いちばん速い。
自然な入り口は、いつもトレーニングそのものにある
何を話せばいいか分からない、という人へ。答えは目の前にある。二人とも、同じことをしに来ているのだから。
フォームやサプリが、最高の共通言語になる
スクワットのフォームこれで合ってますか、と素直に聞く。相手が丁寧に教えてくれたら、教えてくれてありがとう、と感謝を返す。この感謝のひと言が、地味に効く。おすすめのプロテインは何か、進捗はどうか、あのマシンは空いているか。フィットネスの話題は、下心なしに始められて、しかも続けやすい。最初はその話だけでいい。何度か顔を合わせるうちに、自然とプライベートな話がにじんでくる。順番を焦らないことだ。
一人で黙々より、クラスやイベントのほうが速い
もし出会いの確率を上げたいなら、グループのレッスンや、ジム主催のイベントに出るといい。クラスの前後には、もともと雑談が生まれる空気がある。今日のポーズきつかったですね、の一言で、複数の人と自然に知り合える。一対一でいきなり踏み込むより、共通の体験を経た相手とのほうが、距離は縮みやすい。柔軟性を上げたい人と、筋肉をつけたい人が、お互いのアドバイスを交換する。そういう自然な持ちつ持たれつから始まった関係は、長続きしやすい。
自然と気持ち悪いを分ける、たった一つの線
ここがこの話のいちばん大事なところだ。声のかけ方を百個覚えるより、この一線を理解するほうが効く。
自然な接触と、気持ち悪い接触の違いは、何を言うかではない。相手が、いつでも自由にその会話を終われるかどうかだ。
見慣れた人からの短い挨拶は、相手が、軽く返してそのまま立ち去ることもできる。逃げ道がある。一方で、断りにくい空気で連絡先を迫る、断られた途端に態度を変える、プライベートな質問を重ねて相手を居づらくさせる。これは全部、相手から逃げ道を奪っている。実際、しつこく声をかけられ、ジム仲間としてと言われながら連絡先を強引に聞かれ、断ったら態度が変わった、それが嫌でジムを変えた、という女性の話がある。あなたが、相手が立ち去れないように何かをし始めた瞬間、もう線を越えている。
判断はシンプルだ。この人は今、気持ちよく立ち去れるか。そこに一瞬でも自信が持てないなら、引く。引き際を心得ている人だけが、この場所で信頼される。口説き文句より、引き際のほうが、ずっとよく見られている。
それでも避けられたら、それが答えだ
よかれと思って挨拶を続けていたのに、相手がだんだん自分を避けるようになる。これも、実際によくある。
頑張ってますね、と毎回声をかけていたら、頻度が高すぎて相手にプレッシャーを与えてしまった、という失敗談がある。本人に悪気はない。ただ、相手は集中したいタイプだった、というだけだ。ここで大事なのは、避けられているサインを見て、潔く引くこと。挨拶が短く流されるようになった、目を合わせなくなった、それは、今はそっとしておいてほしい、という返事だ。読み取って距離を取れば、関係は最悪にはならない。むしろ、無理に追わなかった人が、別の常連と自然にいい関係を築けた、という流れはよくある。一人に固執しないことだ。
相手が女性なら、知っておいたほうがいい前提
これは男性に向けて、率直に書く。ジムに通う女性の多くは、過去に一度は、しつこい男に絡まれた経験を持っている。だから、知らない男からの接触に、最初から少し警戒の壁がある。
これは理不尽ではなく、身を守るための当然の反応だ。そして、ここまで書いてきた、まず見慣れた存在になる、短く済ませる、逃げ道を残す、という進め方が効くのは、まさにこの壁を、時間をかけて自然に下げていくからだ。安全で、予測できて、面倒のない相手だと伝わってはじめて、会話は始められる。近道をしようとして壁を無理に越えにいくと、一発で警戒対象になる。
逆の立場で、もし自分がしつこい相手に困っているなら、我慢して通い続ける必要はない。スタッフに相談していいし、場所を変えてもいい。安全を最優先にして、はじめて楽しめる場所だ。
